発達障害という世界の「表」と「裏」


プライベートな相談を受けるときの困難

発達障害に関わる仕事をしていると、この障害について、プライベートな相談を受けることがあります。
自分の子どもが、あるいは親戚が、配偶者が、発達障害の症状にピッタリ当てはまる。ついては、どう対処したらよいか教えてほしい、という相談です。
 
親しい関係にある人が発達障害かもしれないと気付いた人からの相談に応えることには、独特の難しさがあります。
 
今回はこの難しさを紐解きつつ、初めてこの障害と向き合う事になった人が、発達障害の理解をどう深めていけばよいかを考えてみます。

マスメディアの情報には具体性がない

 人びとが発達障害に気付くきっかけは、テレビや雑誌、あるいはインターネットのニュースサイトといったマスメディアの情報であることが多いです。

不特定多数を対象としたこうしたマスメディアの情報には、障害の症状についての大まかな説明はあっても、問題解決に直接役立つほど具体的な情報は含まれていないことがほとんどです。
 
そこで、私のような発達障害者の支援を生業とする人間のところに、具体的な対処法について相談が来るわけです。ところが、それに対し私たち支援の専門家は
 
「ははあ、ADHDですか、ではこうしたら良いでしょう」
 
とか
 
「ふむふむ、それはASDのこだわりの症状ですね。ここに書いたとおりにやってごらんなさい」
 
といった風なわかりやすい「処方箋」を提示することができません。
 
というのも、発達障害者支援の専門性というのは、一人一人異なる本人の発達段階や障害特性と周辺の環境を見極め、そこに合わせた個別の対応を見出すことにあるからです。
 
当人固有の状況に応じた対応を見出すので、障害名だけ言われても、日々の対応に生かせるほどの具体案は導き出せないのです。専門家としては、当人の状況を把握するためのヒアリングが必要になります。

相談に期待されていることと、実際にできることのズレ

しかし、ここで、わかりやすい回答を求める相談者と、個別具体的な状況を把握したい専門家の間で、ディスコミュニケーションが起こりやすくなります。
 
相談者は
 
「◯◯な症状で困っているがどうしたら良いか」
「本人に障害のことを伝えたほうがよいか」
「医者に行ったほうがよいか」
「結局治るのか治らないのか」
 
といったあたりを、はっきりさせたいのですが、
 
 支援者としては、

「(相談者からみて)当人のどういう部分が発達障害なのか」
「それはその人の社会生活にどのような困難を及ぼしているか」
「当人はそのことをどう思っているか」
「相談者は当人にどうあってほしいとおもっているのか」
 
といったあたりをじっくり聞いていきたいですし、それを聞かないと上記の質問にも正しく答えられないのです。
 
相談をする人と相談を受けるの人のこうした行き違いが解消されないまま話が進んでしまうと、片や相談者は「具体的な回答を求めて専門家に相談したのに質問されるばかりでいつまでも答えが得られない」という不満が募りますし、片や専門家は知識のない相談者から性急な回答な求められてイラつくことになり、有意義な相談になりません。

発達障害の世界には「表」と「裏」がある

こうした行き違いを防ぐために、私は相談に入る前にまず「発達障害の世界には『表』と『裏』がある」という話をします。
 
「表」の世界というのは、発達障害に対する社会全体の理解と支援を勝ち取るためにわかりやすくデザインされた世界で、「発達障害のある人は周囲の適切な理解と支援によって充実した人生を送ることができる」というポジティブなメッセージが基調にあります。
 
他方、「裏」の世界というのは、障害当事者の一人ひとり異なる困難を具体的に解決するためにデザインされた世界で、「発達障害と一口に言っても個別性が極めて高く、それをどう理解し支援するかについては、一人一人異なるベストの形を、本人と周囲の人が一緒になって考え実践していくしかない」という現実的なメッセージが基調にあります。
 
「表」の世界は社会全体に向けた一般論の世界、「裏」の世界は当事者に向けた個別具体論の世界をそれぞれ宰領しています。
 
私は相談者に、発達障害の世界にはこの「表」と「裏」二つが存在することを伝えた上で、
 
「今あなたは発達障害の一般論としての『表』の世界を通じて私と繋がりましたが、ここからは具体的な問題解決に向けて『裏』の世界に踏み込む段階です。」

「『裏』の世界では、わかりやすい処方箋はありません。自分の頭で考えて実践しながら、独自のやり方を見出す段階です。私はあなたがたがその世界を歩むお手伝いをすることができます。手始めに、障害があるという相手の方について、詳しく聞かせていただけますか」
 
と持ちかけます。
そうすることで相談者との行き違いが起きることなく、個別具体的な相談にスムーズに移行できます。

専門家こそ、「表」と「裏」の役割を理解すべき

最後に苦言めいたことを。
 
社会全般、不特定多数を対象とした一般論を宰領する「表」の世界と、個別具体的なケースを宰領する「裏」の世界。この二つの世界にはそれぞれの役割があって、どちらも必要なものです。

しかし、発達障害者支援を生業としている人であってすら、そのことを理解できておらず、片方の世界を良しとして、もう片方の世界を低く見て、自ら視野を狭めている人が少なくありません。
 
たとえば、「表」の住人が発する「理解と支援を!」というわかりやすくてポジティブなメッセージは万人の賛同を得やすい一方、個々の問題を解決するだけの具体性には欠ける場合が多いです。そこが個別具体的な問題解決を旨とする「裏」の住人からすると「大衆に媚びへつらうばかりで実効性がない」と見えてしまいがちです。
 
他方、「裏」の世界の住人の、「当事者同士で一つ一つ考えて実行していこう」というメッセージは、その個別具体性の高さゆえ自分たちの仕事を一般化して広く世に訴えることができないため、「表」の世界の住人から「科学的でない」「方法として確立できていない」といった批判を受けがちです。
 
しかし、本当は同じ発達障害という分野で、一般論と個別具体論という異なる領域を扱っているだけなのです。

それなのに、片一方が正しくて片一方が間違っているかのような言説がしばしば聞かれるのは残念なことです。