発達障害向けの医療・療育機関の評判 「発達ナビ」のレビューを200本読んでみました

親御さんのレビューが400件以上!

 
LITALICOさんが準備中の発達障害ポータルサイト「発達ナビ」に注目しています。
 
このサイトは現在、正式オープンに向けて、学校や幼稚園、病院、療育施設を利用している親御さんからのレビューを募集しており、その数はすでに400件を越えています(2015年11月時点)。
 
まだ地域や種別で検索することは出来ない状況ですが、それでもこの大量のレビューは、発達障害のある子の支援に携わる者にとって非常に貴重な資料です。
というのも、親御さんが各々の施設に何を求めているのか、どこに満足を感じ、どこに不満を感じたのかがわかるからです。
 
 

大量のレビューから見えてきた医療・療育機関の現状

掲載されているレビューの約半分、200本ほどのレビューを読みました。

これくらい読むと、各施設に親御さんがどんな期待を抱いているか、またどんな不満を感じているか、ある程度共通項が見えてきました。

以下にまとめてみます。

  • 医療機関(病院・クリニック)
    • 発達障害の診断ができる医療機関はどこも混み合っている様子。予約から診察まで数ヶ月かかるところが多い。また、診察室での待ち時間も長く、2~3時間になるところも。そのため、待合室におもちゃや絵本が配備されているかどうかを気にしている親御さんが多かった。
    • 医師の説明の態度を気にしている親御さんが多かった。丁寧な説明に安心したという報告がある一方、医師が子どもの障害に関するネガティブな話を親としての心情に配慮せずにずけずけと言って、傷ついたり怒りを感じたという報告もみられた。
  • 療育機関(市区町村が運営する公的なもの 「◯◯市療育センター」など)
    • 療育の頻度が低いのが気になる。二週に一回、あるいは一ヶ月に一回というところが多い。療育内容に対する不満はさほど聞かれなかったが、この低頻度で効果が挙がっているのか?やや疑問ではある。
    • 親御さんは頻度が少ないなら少ないなりに、療育自体の効果というよりは、定期的な発達チェックの場として、また子育ての悩み相談の場として割り切って利用している印象。
  • 療育機関(民間 放課後等デイサービスを含む)
    • 親御さんが気にしているのは、職員の対応の丁寧さ、職員の障害への理解度、など。提供するプログラムの内容や療育効果への言及はあまり見られなかった。
    • 職員の丁寧な対応や、子どもが笑顔になって楽しんで通っている様子などに満足している親御さんが多かった一方、療育を受けたことで子どもの成長が具体的に感じられたことに言及するレビューは、比較的少数であった。
    • 具体的な療育成果という点では、昔ながらの療育機関でかなり厳しく指導をしているところがあり、生活スキルなどの向上が見られるなど親御さんの評価が高かった。
    • 放課後等デイについては、送迎の有無や、休日預かり時間の長さなど、お預かり施設としてどれだけ使いやすいかも重視されていた。
    • 不満として最もよく聞かれたのは「指導員の異動の多さ」。子どもと担当する指導員の間に信頼関係ができてもその指導員が異動してしまうことが多く、代わって担当した指導員のレベルが低かったり、引き継ぎ不充分で担当が代わる度子どもの状況を繰り返し報告しなければならないといった不満が見られた。
 

 療育の成果は挙がっているのか

これらのレビューのうち、特に療育機関に関することで、私が注目したのは、その施設に通った結果、お子さんに具体的な成長が見られたかどうか、という点です。

約200件のレビューの中で、その施設に通ったことでお子さんにプラスの変化が起きたことを報告したものは相対的に少数でしたが、その中には「変化に驚いた」「大きく変わった」という報告もあり、親御さんからみてきちんと結果を出している療育施設も確かにあるのだと感じました。

以下に、子どもが具体的に成長したことを報告している施設のレビューのリンクを以下に貼り付けます。

これらのレビューを順番に読んでいくことで、「結果の出せる教育・療育施設」のレベル感がつかめるのではないでしょうか。

よろければ参考になさってください。

 
 

現在もレビューを募集中

発達ナビ」さんでは現在もレビューを募集しています。レビュー1件につき、500円の商品券がもらえるということですから、保護者の皆さんはレビューを投稿されてみてはいかがでしょうか。締め切りは12月31日までとのことです。

不安ベースの子育てから安心ベースの子育てへ

その子育て、間違っていませんか?

先日本屋に入ったとき、ある経済誌の教育特集の表紙が目に入り、ギョッとました。

「その子育て、間違っていませんか?」

という見出しがついています。さらにその下には

「科学でここまでわかった!悪い教育 良い教育」

という小見出しが。

「間違う」「悪い」といったネガティブワードを前面に押し出すことで、ことさらに子育ての不安を煽るその雑誌の見出しを見て、私は少なからず不快感を覚えました。

しかし、実際に雑誌を読んでみると、見出しから受けた印象とは裏腹に、むやみに不安を煽ることはなく、丁寧な取材の基づくバランスの取れた内容でした。

それだけに、かえって表紙の不安を煽るような見出しが気になります。おそらくこの雑誌の編集者は、ネガティブワードを連ねたほうが、子育てに不安を持つ親の注目を惹けると考えたのでしょう。

問題なのは雑誌自体より、むしろ普段から子育てに不安があり「間違う」「悪い」などのネガティブなキーワードに反応してしまう親御さんが多くいる、と思われている現状ではないでしょうか。

自己責任と自己決定を求める時代の変化が子育てへの不安を生む

私が相談にのっている発達障害のある子を育てる親御さんの中にも、子育てに不安を持つ方が多くいらっしゃいます。その理由は、お子さんの障害にあることも確かですが、それ以前に子育て自体に不安を感じている方が多いと感じており、そこに療育者・支援者としてどう向き合っていくかが、今私の中で大きなテーマになっています。

そんな中で、子育てにまつわる不安の向き合い方に大きなヒントを与えてくれたのが、首都大学東京教授で社会学者の宮台真司さんが書いた「最適という孤独を離れ、満足の共同性へ」という文章です。

この文章の中で宮台教授は、今の時代、人々が多くのことを自身の責任で判断せざるを得なくなった結果、不安に陥る人が増えていることを指摘します。

以下、リンク先の文章から引用します。

何もかも個人が自己責任で自己決定の機会を引き寄せる必要が出てきたという時代の変化が、「社会として」いいのか悪いのかは、考えなくてはならないことです。抽象的な水準で言えば、個々がバラバラに分断され孤立した状態になると、全てを自分でハンドリングしなければならないので、自分にとって「最適な選択」をしないと「損をする」「置いていかれる」などと不安に陥りがちになるので、社会が不安ベースになります。

 これだけ情報があふれた流動的な社会では、「最適な選択」なるものは単なる幻想に過ぎません。どんなに「最適な選択」をしたつもりでも、少し時間が経てば状況が変わり、「あれば間違いだったのではないか」「不適切だったのではないか」と思い返することになり、さらに不安に襲われます。こうして、安心ベースだった社会のあり方が、不安べースへと変化してしまうのです。

 

発達障害のある子を育てる親御さんの中にも、お子さんの療育について常に最適な環境を求めながら、宮台教授が指摘するように「あれは間違いだったのではないか」「不適切だったのではないか」と思い返して、不安に襲われている方が多くいると感じます。

宮台教授は、こうした不安から抜け出すには<最適化>原理に基づく考え方をやめ、<満足化>の原理へと切り替えていく必要があるとし、そのためには空洞化した共同体の復活が必要であると述べます。

経済学者は、利潤の最大化(投資効率の最適化)が人間の行動原則だとする仮説に立ちます。しかし、これは企業やファンドなどの資本の動きについて妥当するものの、実は僕たち自身はそのように生きていません。「最適」でなくても、特に問題がなければ(そこそこ満足なら)前に進む。それが〈満足化〉の原理です。この原理は共同体の自明性ともにあります。

 

「自分で何もかもしなくては⋯」と過剰に思い込む人は、〈最適化〉原理に駆られがちになって不安や抑うつ感から逃れられなくなります。現にそういう人ばかりでしょう。だからこそ、自覚的に、ものごとの評価を〈満足化〉原理に引き戻すことが重要です。そのためには、自らを包摂する共同体、すなわち「出撃基地であり帰還場所であるようなホームベース」を築いていくことが不可欠です。そうすれば〈満足化〉に簡単に近づけます。

共同体とは何かという問いについて、宮台教授は転校を多く経験した自身の子ども時代の経験を挙げます。

僕は六つの小学校に通う転校生でしたが、僕自身けんかが弱くても、けんかの強い子と友だちになる力があったから、心配ありませんでした。逆に、友だちは、学級委員をつとめる僕といつも仲良くすることで、担任の先生の大目玉を食らう頻度が減りました。そう、「持ちつ持たれつ」です。

 けんかが弱ければ、強い子と友だちになればよく、勉強ができなければ、できる子と友たちになればよい。「持ちつ持たれつ」で共同体的に結合していけば、個人が万能である必要はない。人間関係の輪に入って分相応の役割を果たせればいいだけです。

そして、子どもがこうした共同体関係に結びついていることが、充実や幸せ、あるいは挫けない力に繋がると主張します。特に挫けない力は「レジリエンス」として昨今注目されているキーワードでもあります。

 「これさえすれば子供が幸せになる」「勝たないと置いていかれる」と考える時点で、〈感情の劣化〉を被っています。〈感情の劣化〉とは、他者や共同体に貢献する気持ちが働かないこと。つまり、損得勘定による〈自発性〉を超えた、内から涌く力としての〈内発性〉が生じないこと。

自分の最終目的を支える価値が、利他性や貢献性と結びつくものであることが、最も強い動機づけを与えるのです。この強い動機づけに基づく行為は、成功すれば、個人を超えた充実や幸せにつながり、失敗しても、挫けない力を与えます。また、失敗しても、動機が利他性ですから、自分の属する共同体から排除されず、包摂されます。

 

個人ベースから共同体ベースへの子育てへ

こうした宮台教授の意見を受けて、今私が感じているのは、<最適化>原理から<満足化>原理の切り替るために、個人ベースで展開されてきた子育てや教育を、共同体ベースへのそれとシフトさせていくことの必要です。

特に発達障害児の療育については、先にも述べたように、その子の障害ばかりを注目した結果、宮台教授が指摘する<最適化>原理の思考に陥って、療育をまるで株式投資のように考え、常に最適な選択をしたつもりで「あれば間違いだったのではないか」「不適切だったのではないか」と思い返して、さらに不安に襲われている親御さんや支援者が多いように感じています。

そうした不安から抜け出し、子どもたちに、「自らを包摂する共同体、すなわち『出撃基地であり帰還場所であるようなホームベース』」を提供すること。そして、子どもたちが共同体との結びつきを感じることで、利他性や貢献性に基づいた強い内発性を獲得させることこそ、今子育てや療育に最も求められていることなのではないかと考えます。

共同体を生み出す手段としてのアナログゲーム

当サイトでご紹介しているアナログゲーム療育もまたこうした問題意識に連なるものです。

アナログゲームではプレイヤーたちは一つのルールを守りあってプレイします。その過程で、プレイヤー同士に誰かがルールを理解していなければ別の人がそれを教え、プレイに不安を感じている人がいればアドバイスする関係性が生まれます。その意味で、ゲームという場は、共同体としての側面を持つのです

ゲームの共同体としての側面を強調し、そこに結びつこうとする子どもたちの間にうまれる関係性を生かして、コミュニケーション能力の引っ張り上げるのがアナログゲーム療育です。

その指導原理は、またの機会に詳しくご説明したいとおもいます。

発達障害児療育に新規参入した方に伝えたいこと

おかげさまで・・・

独立から3ヶ月、「フリーランスの療育アドバイザー」などという仕事が果たして成立するのか半信半疑でしたが(汗)、おかげさまで複数の事業所様からワークショップや研修のご依頼を頂いております。

特に、設立間もない放課後等デイサービスの経営者やスタッフの方から、多くご依頼をいただきます。そうした方々の多くは、「療育の質を高めたい」「スタッフの専門性を高めたい」という思いを強く持っておられます。

その背景には、放課後等デイサービスが各地で急速な勢いで設立され、質の高いサービスが提供できなければ他の事業所との競争の中で淘汰されてしまう、という危機感があるようです。

先生方は熱心だった。それだけにかえって「これだけでよいのか?」という疑問が募った。

急速に拡がる放課後等デイサービス市場。向こう数年以内に飽和し、淘汰の時代が始まるだろう。ビジネス畑から新規参入してきた経営者の多くは、それを見越して質の高い療育サービスを目指している。

 

「発達障害の特性とその対処」だけでは足りない

放課後等デイサービスの経営者やスタッフの中には、畑違いの分野から、発達障害児療育の世界に飛び込んだ方が多くいらっしゃいます。そうした方々は、当然ながら書籍や研修会などでこの障害について熱心に学ばれています。それでも、療育とは何を目指すものなのか、どうすれば質の高い療育ができるのか、今ひとつハッキリしないことが多いようです。

実際にお話を伺うと、こうした方々の多くは「発達障害の特性とその対処」だけを学んだケースが多いと感じます。それゆえ、日々の実践が必ずしもお子さんの成長に繋がっていないようなのです。

他方、療育アドバイザーである私は「お子さんの発達段階に合わせた課題設定」ができることが療育者の最低限の条件だと考えています。

双方の見方の差を下の表にまとめました。

 

  「障害特性とその対処」だけを学んできた人が重視する点 療育アドバイザー(松本)が重視する点

療育の専門性

こだわりや多動性、読み書き困難など、各障害の特性に対する知識があること 子どもがどんな段階を経て発達するか知っていること
スタッフが備えるべき専門性 子どもの障害特性にあわせた支援ができること 子どもの発達段階にあわせた課題設定ができること
教室が備えるべき条件

障害児のストレスにならない環境設定

(視覚支援・構造化など)

各発達段階に対応できる豊富な教材・遊具

 

「障害特性」か「発達段階」か

新たに療育に関わった方は障害特性を重視していることが多いようです。それに対し、療育アドバイザーである私は、発達段階をより重視しています。

上記の表の二つ目、「スタッフが備えるべき専門性」でいえば、療育の世界に新たに入ってきた方の多くは、ASD・ADHD・LDなどの障害特性に対する特別な対応をたくさん知っていることを「専門性の高さ」だと考えている場合が多いです。

例えば、

  • ASD(自閉症スペクトラム障害)の子に言葉ではなく絵カードで指示する
  • ADHDのある子には、一つの作業を細かく区切って、適度に休憩させながら取り組ませる
  • 読みのLDのある子には読むべき場所以外を隠せるフィルターを使わせる

といった工夫を多く知っていることが、「専門家」の条件として評価される傾向にあるようです。

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絵カードの一例。ASDのある子への代表的な支援だ。

 

それに対し、私が療育における専門性として重視するのは「発達段階にあわせた課題設定ができること」です。

たとえば、キャッチボールをやらせて上手く投げられないお子さんがいたら、上投げではなく下投げからやらせてみる。それでもダメならキャッチボールはやめてボーリングにし、ボールを転がさせます。

逆に上投げのキャッチボールが最初から上手にできてしまうなら、ワンランク上の課題として、狙った場所に投げられるようストラックアウトを導入する、といった具合です。

このように、お子さんの発達段階に対応できる”課題の引き出し”を数多く持ちあわせていることが、療育の専門家として最も重要な条件であると、私は考えています。

 

「発達段階に合わせた課題設定」は「障害特性への配慮」に優先する

もちろん、ASD・ADHD・LDなどの各障害特性への配慮は重要です。しかし、発達段階に合わせた課題設定ができるほうが、より優先度が高いと考えます。

なぜなら、お子さんの発達段階にあわない課題を設定してしまうと、たとえ障害特性への配慮があったとしても、お子さんは課題に取り組まず、そればかりか問題行動を起こしてしまうからです。

上記のキャッチボールの例で言えば、肩関節をうまく使いこなせずスムーズな上投げができない子に、上からボールを投げる絵カードを提示した所で、投げられるようにはなりません。

無理にでも投げさせようとすれば、お子さんは怒って課題に取組むことを拒否するか、パニックを起こしてしまいます。

それよりも、この子はまだ上投げはできないなと見たら、まずは下投げから、それもダメならボーリングにするといった課題の引き出しを多く持っていることの方が、効果的かつストレスの少ない療育をする上では重要なのです。

逆に言えば、発達段階にあわせた課題設定さえできれば、大抵の場合お子さんは意欲的に課題に取り組んでくれるので、たとえ障害特性への理解や配慮が不十分だったとしても、その逆であるよりは、問題がおきにくいのです。

 

発達段階が見えると、その子の成長も見えてくる

発達段階に合わせた課題設定ができると、お子さんの成長についても把握できるようになります。

たとえば、ボーリングでボールを転がすだけだった子が、何度か指導して下投げのキャッチボールができるようになった。一年後には上投げのキャッチボールが出来るようになっていた。といった風に、お子さんの成長を達成できた課題レベルの向上を通して測れるようになります。

その結果、スタッフは自身の仕事の成果を実感できるともに、その成果を保護者に報告して信頼と評価を得られます。

これは障害特性とその対処法を学んだだけでは、できないことです。たとえば絵カードを用いたことでお子さんへの指示が通りやすくなったとしても、それだけではお子さんを成長させたことにはなりません。

障害特性とその対処だけを学んだ人が、今ひとつ「療育をした」という実感を持てないのは、この辺りに理由がありそうです。

 

アナログゲーム療育の優位性は「発達段階にあわせた豊富な課題を用意できること」

これまで述べてきたように、発達段階に合わせた課題設定ができることは療育の最優先事項です。

しかし、特に放課後等デイサービスは、対象年齢が小学生から高校生までと幅広いため、各発達段階に合わせた課題を一朝一夕に用意することは困難です。

実はこの点において、本サイトがご紹介しているアナログゲーム療育が一つの解決策になりえます。

下は2歳くらいから上は大人まで、様々な年齢に合わせたゲームが、1000種類以上市場に出回っており、その多くがコミュニケーション療育の課題に成り得るからです。

アナログゲームを導入することで、自分たちでゼロから課題を作らなくても、お子さんの発達段階に合わせたきめ細かい療育が可能になるのです。

多様な発達段階のお子さんに合わせた療育を行うのが難しいと感じている療育関係の方々には、ぜひ導入を検討していただきたいとおもいます。

アナログゲームでお子さんの発達段階にあわせた療育を行なった例は、前回のブログ「アナログゲームを通じた発達支援の実例」にまとめていますので、ぜひ一度ご覧ください。

【事業所様向け】アナログゲーム療育体験会のご案内

アナログゲーム療育について

アナログゲーム療育の目標は、発達障害のある方に将来の就職を視野に据えた実践的なコミュニケーション能力を身につけてもらうことです。そのためには、継続的に療育を受けていただくことが大切になります。

そのため、放課後等デイサービスや就労移行支援施設など、発達障害のある方を日常的に療育・支援している施設において、カリキュラムの一環としてアナログゲーム療育を取り入れていただくことが最も効果的であると考えています。

そこで、首都圏で日常的に療育や就労支援を行なっている施設様を対象に、アナログゲーム療育を知っていただくため、初回にかぎり交通費のみのご負担で「体験会」を実施させていただきます(最寄り駅:JR青梅線青梅駅)。

定員は5名まで。時間は2時間~3時間程度です。対象は、精神障害・発達障害のある小学生~成人の方ですが、スタッフ様や保護者様の参加も可能です。

なお、アナログゲーム療育は単発のイベントとして実施した場合でも、楽しい時間を過ごしていただくとともにご本人のコミュニケーション上の課題を認識していただくきっかけになります。

日常的に療育を行なっていない支援団体様などで、単発のイベントお呼びいただく場合には、上と同じ条件であれば、1万円+交通費でお受けすることが可能です。

その他様々なご要望に柔軟に対応していきたいと思っておりますので、まずはtmwires@gmail.comまでご連絡ください。

体験会レポート

以下は、先日放課後等デイサービスで行なった体験会のレポートです。実施したゲームの解説のほか、参加者ごとの個別レポートを作成しました(有料オプション:一人あたり1000円)。アナログゲーム療育導入の参考になれば幸いです。

なお、実施時間は2時間半。参加者は発達障害のある高校2~3年生の男児4名でした。

実施したゲームの解説

①基礎的な認知能力をチェックする「イチゴリラ」

神経衰弱をベースとしたゲームです。

ルールの理解・短期記憶・衝動性・数概念の理解など、集団でゲームを遊ぶ際に必要となる基礎的な認知能力をチェックするために導入しました。

大きな問題なく遊ぶことができました。

 

②表情を読む「コヨーテ」

他のプレイヤーの札の数字をてがかりに、合計値を予測するゲームです。数字だけでなく、相手の表情の変化に注目することで、予測の精度があがります。

いずれのお子さんも、他プレイヤーの札を見て全体の数字を予測できていましたが、表情の変化に着目するまでに至りませんでした。回数を重ねれば表情に着目できるようになると思われます。

加えて、事後の振り返りでは複数のお子さんから「一番面白かった」との感想が聞かれたことから、今後教室での導入を特にオススメしたいゲームです。

 

③わかりやすく伝える「ヒットマンガ」

絵柄にあわせたセリフを自分で考えるカルタ形式のゲームです。

自由な発想力が問われますが、今回は苦手なお子さんが多く「難しい」といった声が聞かれました。それだけに、自分が頑張って考えたセリフで相手が札を取ってくれた時は、満面の笑顔を見せてくれるお子さんが多かったです。

詳しい解説:http://www.gameryouiku.com/2015/06/18/1「わかりやすく伝える」 ヒットマンガ/

 

④相手を理解する「かたろーぐ」

手元のカタログや図鑑をもとにランキングを作り、その順位を他に人に当ててもらうゲームです。

A君は鉄道駅、B君は電車、C君はガンダムと、それぞれの好きなテーマを選んでプレイしました。自分のことを相手に理解してもらう喜びを感じてもらい、相手のことを理解する意志を身につけてもらうことが目的です。

詳しい解説:http://www.gameryouiku.com/2015/07/15/相手を理解する 「かたろーぐ」/

販売先:すごろくや http://sgrk.blog53.fc2.com/?no=3186

お子さんの様子と、今後の指導に向けたアドバイス(希望者のみ)

A君 高校2年生

途中からの参加でしたが、混乱することなくスムーズに場に入ることが出来ました。ゲームのルールの理解には少し時間がかかりましたが、実際にプレイしていくうちに「あっそういうことか」と気付くことができていました。

絵柄に合わせたセリフを自分で考えるヒットマンガでは、「え~これ難しいよ~」と気弱な様子でしたが、何度かプレイしていくうち勝手がわかってきたようで、ゲーム後半では適切なセリフを考えだすことができていました。

複雑なルールの理解にはやや時間がかかるものの、一旦理解すればその後は安定して取り組めるのがA君の特徴だとおもいます。学校、そして将来の職場においては、周囲の人間が「できるだけ簡潔な指示を出す」「複雑な指示は文章で出す」などの配慮をすれば、最初から高いパフォーマンスを出せるでしょう。

コミュニケーション面の課題としては、やや大人しすぎるところがあり、他者への働きかけがもっと頻繁に出てきて欲しいところです。「人前で発表する」「わからないところを質問する」「交渉して良い条件を引き出す」などのスキルを練習し、成功体験を積む過程で、人と積極的に関わる自信を身につけてもらいたいとおもいます。

B君 高校2年生

途中参加の子に自発的にゲームのルールを教えてあげたり、「かたろーぐ」で「1位から順番に並べるんだよ」などと自ら解説役を買って出るなど、周囲の状況にあわせて積極的に動くことができていました。

こうした良さを本人が自覚するために、日々の指導の中で、講師に代わって課題の説明をしてもらったり、司会進行を務めてもらうなどして、成功体験を積む機会を積極的に作れるとよいでしょう。

他方で、一度説明したルールを忘れてしまったり、自分勝手な解釈で進めてしまう場面が何度かあり、ややおっちょこちょいな傾向が見られました。考えたことを行動に移す前に、一歩立ち止まって考える習慣をつけてほしいと思います。

一つ気になった点として、集中しているとき、猫背気味になり爪を噛むクセが見られます。面接等、人前に出る場面ではマイナスになってしまう要素です。面接練習の課題を設定し、その様子をビデオで撮影して本人に振り返らせることで、改善が期待できます。

C君 高校3年生

「ヒットマンガ」では、マニアックなアニメのセリフをつけてしまい、誰にもわかってもらえず「なんでお前たちアニメ見ないんだよ!」と怒って他罰的になってしまうことがありました。その後「かたろーぐ」で好きなガンダムのキャラでランキングを作り、他の子に自分の好みをあててもらえたことで、安心できたようです。

人に受け入れてもらいたいという気持ちが強くありながら、その気持ちを伝える手段が「怒りで他者を批判する」という誤った形になってしまう所に、社会的経験の乏しさが感じられます。

他方、コヨーテでは最初最下位になったものの「もう一度やりたい」と言って2回目のプレイでは優勝するなどガッツを見せました。また、怒ってしまったヒットマンガの後も「俺が怒ってること気にしてるの?」と講師に聞くなど、周りを気にしている様子も伺えました。

「うまくやりたい」という気持ちと、周囲を気にする気持ちがあるため、引き続き、ゲームやSSTを通じて他者と密接に関わる経験を積めれば、場に参加するための力を徐々に身につけていけると思われます。

その際、自由な想像力が求められる課題よりは、目的や行動が明確に構造化された課題のほうが、取り組みやすいと思われます。

 

 

研修会もご検討ください

なお、体験会を経て、アナログゲーム療育を導入されたいとお考えの施設様には、スタッフの方に向けた研修プランをご用意しています。 金額は15000円+交通費、半日の日程が基本となります。ただし、内容や時間に関しては、ご要望を伺いながら柔軟に対応いたします。 体験会のあとは、こちらもぜひご検討ください。

発達障害という世界の「表」と「裏」

プライベートな相談を受けるときの困難

発達障害に関わる仕事をしていると、この障害について、プライベートな相談を受けることがあります。
自分の子どもが、あるいは親戚が、配偶者が、発達障害の症状にピッタリ当てはまる。ついては、どう対処したらよいか教えてほしい、という相談です。
 
親しい関係にある人が発達障害かもしれないと気付いた人からの相談に応えることには、独特の難しさがあります。
 
今回はこの難しさを紐解きつつ、初めてこの障害と向き合う事になった人が、発達障害の理解をどう深めていけばよいかを考えてみます。

マスメディアの情報には具体性がない

 人びとが発達障害に気付くきっかけは、テレビや雑誌、あるいはインターネットのニュースサイトといったマスメディアの情報であることが多いです。

不特定多数を対象としたこうしたマスメディアの情報には、障害の症状についての大まかな説明はあっても、問題解決に直接役立つほど具体的な情報は含まれていないことがほとんどです。
 
そこで、私のような発達障害者の支援を生業とする人間のところに、具体的な対処法について相談が来るわけです。ところが、それに対し私たち支援の専門家は
 
「ははあ、ADHDですか、ではこうしたら良いでしょう」
 
とか
 
「ふむふむ、それはASDのこだわりの症状ですね。ここに書いたとおりにやってごらんなさい」
 
といった風なわかりやすい「処方箋」を提示することができません。
 
というのも、発達障害者支援の専門性というのは、一人一人異なる本人の発達段階や障害特性と周辺の環境を見極め、そこに合わせた個別の対応を見出すことにあるからです。
 
当人固有の状況に応じた対応を見出すので、障害名だけ言われても、日々の対応に生かせるほどの具体案は導き出せないのです。専門家としては、当人の状況を把握するためのヒアリングが必要になります。

相談に期待されていることと、実際にできることのズレ

しかし、ここで、わかりやすい回答を求める相談者と、個別具体的な状況を把握したい専門家の間で、ディスコミュニケーションが起こりやすくなります。
 
相談者は
 
「◯◯な症状で困っているがどうしたら良いか」
「本人に障害のことを伝えたほうがよいか」
「医者に行ったほうがよいか」
「結局治るのか治らないのか」
 
といったあたりを、はっきりさせたいのですが、
 
 支援者としては、

「(相談者からみて)当人のどういう部分が発達障害なのか」
「それはその人の社会生活にどのような困難を及ぼしているか」
「当人はそのことをどう思っているか」
「相談者は当人にどうあってほしいとおもっているのか」
 
といったあたりをじっくり聞いていきたいですし、それを聞かないと上記の質問にも正しく答えられないのです。
 
相談をする人と相談を受けるの人のこうした行き違いが解消されないまま話が進んでしまうと、片や相談者は「具体的な回答を求めて専門家に相談したのに質問されるばかりでいつまでも答えが得られない」という不満が募りますし、片や専門家は知識のない相談者から性急な回答な求められてイラつくことになり、有意義な相談になりません。

発達障害の世界には「表」と「裏」がある

こうした行き違いを防ぐために、私は相談に入る前にまず「発達障害の世界には『表』と『裏』がある」という話をします。
 
「表」の世界というのは、発達障害に対する社会全体の理解と支援を勝ち取るためにわかりやすくデザインされた世界で、「発達障害のある人は周囲の適切な理解と支援によって充実した人生を送ることができる」というポジティブなメッセージが基調にあります。
 
他方、「裏」の世界というのは、障害当事者の一人ひとり異なる困難を具体的に解決するためにデザインされた世界で、「発達障害と一口に言っても個別性が極めて高く、それをどう理解し支援するかについては、一人一人異なるベストの形を、本人と周囲の人が一緒になって考え実践していくしかない」という現実的なメッセージが基調にあります。
 
「表」の世界は社会全体に向けた一般論の世界、「裏」の世界は当事者に向けた個別具体論の世界をそれぞれ宰領しています。
 
私は相談者に、発達障害の世界にはこの「表」と「裏」二つが存在することを伝えた上で、
 
「今あなたは発達障害の一般論としての『表』の世界を通じて私と繋がりましたが、ここからは具体的な問題解決に向けて『裏』の世界に踏み込む段階です。」

「『裏』の世界では、わかりやすい処方箋はありません。自分の頭で考えて実践しながら、独自のやり方を見出す段階です。私はあなたがたがその世界を歩むお手伝いをすることができます。手始めに、障害があるという相手の方について、詳しく聞かせていただけますか」
 
と持ちかけます。
そうすることで相談者との行き違いが起きることなく、個別具体的な相談にスムーズに移行できます。

専門家こそ、「表」と「裏」の役割を理解すべき

最後に苦言めいたことを。
 
社会全般、不特定多数を対象とした一般論を宰領する「表」の世界と、個別具体的なケースを宰領する「裏」の世界。この二つの世界にはそれぞれの役割があって、どちらも必要なものです。

しかし、発達障害者支援を生業としている人であってすら、そのことを理解できておらず、片方の世界を良しとして、もう片方の世界を低く見て、自ら視野を狭めている人が少なくありません。
 
たとえば、「表」の住人が発する「理解と支援を!」というわかりやすくてポジティブなメッセージは万人の賛同を得やすい一方、個々の問題を解決するだけの具体性には欠ける場合が多いです。そこが個別具体的な問題解決を旨とする「裏」の住人からすると「大衆に媚びへつらうばかりで実効性がない」と見えてしまいがちです。
 
他方、「裏」の世界の住人の、「当事者同士で一つ一つ考えて実行していこう」というメッセージは、その個別具体性の高さゆえ自分たちの仕事を一般化して広く世に訴えることができないため、「表」の世界の住人から「科学的でない」「方法として確立できていない」といった批判を受けがちです。
 
しかし、本当は同じ発達障害という分野で、一般論と個別具体論という異なる領域を扱っているだけなのです。

それなのに、片一方が正しくて片一方が間違っているかのような言説がしばしば聞かれるのは残念なことです。