認知発達のキー概念「シンボル機能」とは

認知能力とは

認知能力とは、人間がどのように物事をどのように受け取り、理解するかを示す能力のことです。

認知能力は子どもから大人になる過程で段階的に発達していきます。ところが、知的障害や発達障害のあるお子さんは、この認知能力の発達が遅れていることがあり、そのことは、コミュニケーションや身辺自立、学習など、生活全般に影響を与えます。

アナログゲーム療育の大きな目的の一つは、お子さんの認知能力の発達を促すことにあります。認知発達段階の引き上げが、アナログゲーム療育の究極の目標であるコミュニケーション能力の向上を目指す上で重要になるからです。

これから数回にわたって、アナログゲームを使って認知能力をどう発達させていくか、説明していきます。

今回はその前段階として、認知発達のキー概念である「シンボル機能」について説明します。

認知発達のキー概念「シンボル機能」

シンボルとは、ある具体的な事象を、別のもので代表したもので、シンボル機能はシンボルを使いこなす機能のことを指します。シンボルの代表例が、「名前」です。

250px-Panthera_tigris_tigrisillust3101

この二つの画像をみてください。どちらも「トラ」であることはすぐにわかるでしょう。しかし、左側のトラは、四本足で歩いています。右側のトラは二本足で立っており、手に葉っぱを持っています。そもそも、実写とイラストですから、質感や色味が全然違います。

こうもかけ離れた特徴を持つ二つの映像をみて、なぜ私たちは同じ「トラ」であると認識できるのでしょうか。よくよく考えてみると不思議ではありませんか。

実は、私達人間は、こうした異なるものを「トラ」という名前で呼ぶことで、同一であると認識しています。この「トラ」という名前が、シンボルにあたります。

子どもがシンボル機能を獲得し、物に名前があることを認識するのは、2歳前後であり、これは言葉を発し始める時期と重なっています。

ここからもう少し成長すると、例えば、色や物理的形状が全く異なるトラとカモメが、どちらも「動物」というカテゴリに属することも、理解されるようになってきます。

250px-Panthera_tigris_tigrisflying-animal-birds

「動物」もまたシンボルの一種です。「動物」という名前の生き物はこの世に存在しません。しかし、私たちはトラやカモメやその他の生き物を「動物」という”架空の入れ物(シンボル)”に入れて整理しています。

それによって、あるシンボルと別のシンボルを組み合わせて、例えば「動物と植物の違いはなにか」といったふうな、高次の思考を展開できるようになるのです。

ゲームの「ルール」もシンボルの一種

ゲームについてはどうでしょうか。ゲームを構成する要素である「ルール」もまた、シンボルの一種です。プレイヤーたちは目にみえないシンボルである「ルール」を共有しあうことで、ゲームを楽しむことができます

pict-_DSC0030

たとえば、以前ご紹介した「スティッキー」は、シンボル機能が芽生えていない2歳以下のお子さんにとっては、「三色の棒をリングで束ねただけの物体」にすぎません。

ゲームの参加者たちが、この物体に「一本ずつ順番に棒を抜いていく。タワーが倒れたら負け」というルールが当てはめることで、初めてゲームとして成立するのです。

このことからもわかるように、ゲームをルールを理解するにはお子さんにシンボル機能が形成されていることが最低条件になります。加えて、シンボル機能はコミュニケーションの重要な条件でもあります。

次回以降、このシンボル機能がアナログゲーム療育の中でどう関係してくるのか、各発達段階ごとに説明していきます。

【放課後等デイサービス向け】スムーズかつ安全な療育の工夫

障害のある子たちの集団活動で、安全を確保するには

放課後等デイサービスでは、多動性や衝動性、あるいは様々な感覚の過敏を持った発達障害のある子たちを日に10人近くお預かりします。

こうした子どもたちに事業所で安全に過ごしてもらうためには、一連の活動をスムーズに行えるよう、教室の環境を整えたり、スタッフがサポートしたりする必要があります。

そこで、私が療育アドバイザーとして複数の放課後等デイサービスに関わった経験をもとに、スムーズかつ安全な療育を実現する工夫を以下にまとめてみました。

①来所→教室に入るまでの混乱を避ける

お子さんが来所してから教室に入るまでには、意外とたくさんのステップがあります。

最低でも

  • 靴を脱いで下駄履に入れる
  • ランドセルをロッカーにしまい、上着を脱いで所定の場所にかける
  • 手を洗ってうがいをする

この3つはどこの事業所でもやっているはずです。

しかし、お子さんの中には、手も洗わずランドセルを背負ったまま教室にすっ飛んで行こうとする子もいれば、手先が不器用で上着をハンガーにかけるのが困難な子もいるなど、中々スムーズには進みません。そのため、利用児が増えてくると、来所時間は下駄箱まわりが子どもたちで渋滞してしまうことが多くなります。

このとき、スタッフが場当たり的に対応していると、必ず手が行き届かない子がでてしまい、順番争いで喧嘩がおきたり、手順を守らず教室に入ってしまう子が続出するなど、毎回大混乱に陥ってしまいます。

こうした混乱を防ぐために必要な対策として、来所→教室に入るまでの流れを、文章(できれば写真も)に表したものを下駄箱周辺に掲示し、お子さんに周知することが大切です。

また、スタッフはだれがどの作業をサポートするか、飛び出そうとする子をだれが抑えるか、事前のミーティングで役割分担を明確にしておく必要があります。

②危険な行為は、まずその行為を辞めさせた後、注意する

たとえば、教室で長い棒を振り回していた子がいたとします。このときによくみかけるのは、スタッフが「◯◯くん、その棒危ないから先生に渡して。ねえ、渡してって言ってるでしょ」などと言いながら、お子さんの後ろをついて回っている光景です。

これは危険な状態です。なぜなら、後方からのスタッフの言葉に気を取られ、棒の先端の行方に注意を払えていない可能性が高いからです。

こうしたときは、まず「棒を取るよ」を一声かけた上で、サッと棒を取り上げてしまいます(一声かけるのは、お子さんを驚かせないためです)。その後で、「教室で棒を振り回すのは危ないからやめてね。この棒をしまっておきます」と説明します。

転落の恐れがあるような高所に登っている子も同様です。まず「降ろすよ」といいながらその子を抱いて地面に降ろします。そのあとで「落ちたら危ないから、登っちゃだめだよ」と注意します。

登っている子に後ろから「◯◯くん、そこにいたら危ないでしょう。降りなさい」などと注意するのは先の例と同じ理由で危険です。

③トランポリンかバランスボールを用意する

多動で離席があり、教室内であばれたり外に出ようとする子への対応として、トランポリンやバランスボールを用意するのは有効です。

トランポリンは大掛かりに思えるかもしれませんが、一人用の小さなものがamazonで4000円代からあります。場所もそれほど取りません。

 

バランスボールなら1500円ほどですみます。サイズがいろいろ有りますが、小さめの55cmが良いでしょう。

 

トランポリンの上で飛んだり、バランスボールに座って揺れることで、体を動かしたいといういうお子さんの欲求をみたしつつ、体はその場にとどまることができます。そのため、先生の話を聞いたり活動に参加できます。離席した子が居場所がなくして、フラフラと外に出て行ったりしてしまうよりは、ずっと良いのです。

ただし、それぞれ弱点があります。トランポリンは飛び降りた時衝撃が床に伝わるため、騒音トラブルの原因になる可能性があります。事業所がマンションの中階にある場合などは避けるべきでしょう。

バランスボールは自由に使わせると子ども同士の投げ合いが始まり、他の子にぶつかってしまうことがあるので、必要なとき以外はしまっておいたほうがよいでしょう。

④子どもを興奮させすぎない

若い男性のスタッフにありがちな失敗として、自由時間にプロレスごっこや肩車、鬼ごっこなど体を大きく使った遊びをした結果、お子さんが自身の安全に配慮できないほど興奮してしまい、ほかの子や物に衝突して怪我をしてしまうことがあります。

基本的に屋内では、自由時間中、走ったり、激しい身体接触を伴う遊びは避けるべきでしょう。その代わり、カリキュラムの中に運動プログラムや屋外遊びを取り入れたりして、思い切り体を動かす機会を作るべきです。

⑤日々の療育カリキュラムを組む

最大の安全対策は、お子さんが飽きずに楽しんで取り組めるカリキュラムを用意することです。

発達障害のある子どもたち10人が、一つの部屋の中で何時間も「ただなんとなく」過ごす、というのは基本的にムリな話です。いかなる安全対策をとっても、危険やトラブルは避けられません。

発達段階に合わせた課題を用意し、子どもたちはその課題を楽しみながら一生懸命取り組む。スタッフはその取り組みをサポートし、課題を達成できた喜びを分かち合う。そういう態勢ができあがることは、お子さんの成長を促す上で大変重要なことですが、活動自体の安全性を確保する上でも必須です。

発達障害児療育に新規参入した方に伝えたいこと

おかげさまで・・・

独立から3ヶ月、「フリーランスの療育アドバイザー」などという仕事が果たして成立するのか半信半疑でしたが(汗)、おかげさまで複数の事業所様からワークショップや研修のご依頼を頂いております。

特に、設立間もない放課後等デイサービスの経営者やスタッフの方から、多くご依頼をいただきます。そうした方々の多くは、「療育の質を高めたい」「スタッフの専門性を高めたい」という思いを強く持っておられます。

その背景には、放課後等デイサービスが各地で急速な勢いで設立され、質の高いサービスが提供できなければ他の事業所との競争の中で淘汰されてしまう、という危機感があるようです。

先生方は熱心だった。それだけにかえって「これだけでよいのか?」という疑問が募った。

急速に拡がる放課後等デイサービス市場。向こう数年以内に飽和し、淘汰の時代が始まるだろう。ビジネス畑から新規参入してきた経営者の多くは、それを見越して質の高い療育サービスを目指している。

 

「発達障害の特性とその対処」だけでは足りない

放課後等デイサービスの経営者やスタッフの中には、畑違いの分野から、発達障害児療育の世界に飛び込んだ方が多くいらっしゃいます。そうした方々は、当然ながら書籍や研修会などでこの障害について熱心に学ばれています。それでも、療育とは何を目指すものなのか、どうすれば質の高い療育ができるのか、今ひとつハッキリしないことが多いようです。

実際にお話を伺うと、こうした方々の多くは「発達障害の特性とその対処」だけを学んだケースが多いと感じます。それゆえ、日々の実践が必ずしもお子さんの成長に繋がっていないようなのです。

他方、療育アドバイザーである私は「お子さんの発達段階に合わせた課題設定」ができることが療育者の最低限の条件だと考えています。

双方の見方の差を下の表にまとめました。

 

  「障害特性とその対処」だけを学んできた人が重視する点 療育アドバイザー(松本)が重視する点

療育の専門性

こだわりや多動性、読み書き困難など、各障害の特性に対する知識があること 子どもがどんな段階を経て発達するか知っていること
スタッフが備えるべき専門性 子どもの障害特性にあわせた支援ができること 子どもの発達段階にあわせた課題設定ができること
教室が備えるべき条件

障害児のストレスにならない環境設定

(視覚支援・構造化など)

各発達段階に対応できる豊富な教材・遊具

 

「障害特性」か「発達段階」か

新たに療育に関わった方は障害特性を重視していることが多いようです。それに対し、療育アドバイザーである私は、発達段階をより重視しています。

上記の表の二つ目、「スタッフが備えるべき専門性」でいえば、療育の世界に新たに入ってきた方の多くは、ASD・ADHD・LDなどの障害特性に対する特別な対応をたくさん知っていることを「専門性の高さ」だと考えている場合が多いです。

例えば、

  • ASD(自閉症スペクトラム障害)の子に言葉ではなく絵カードで指示する
  • ADHDのある子には、一つの作業を細かく区切って、適度に休憩させながら取り組ませる
  • 読みのLDのある子には読むべき場所以外を隠せるフィルターを使わせる

といった工夫を多く知っていることが、「専門家」の条件として評価される傾向にあるようです。

imag_seikatsu_shien_sample

絵カードの一例。ASDのある子への代表的な支援だ。

 

それに対し、私が療育における専門性として重視するのは「発達段階にあわせた課題設定ができること」です。

たとえば、キャッチボールをやらせて上手く投げられないお子さんがいたら、上投げではなく下投げからやらせてみる。それでもダメならキャッチボールはやめてボーリングにし、ボールを転がさせます。

逆に上投げのキャッチボールが最初から上手にできてしまうなら、ワンランク上の課題として、狙った場所に投げられるようストラックアウトを導入する、といった具合です。

このように、お子さんの発達段階に対応できる”課題の引き出し”を数多く持ちあわせていることが、療育の専門家として最も重要な条件であると、私は考えています。

 

「発達段階に合わせた課題設定」は「障害特性への配慮」に優先する

もちろん、ASD・ADHD・LDなどの各障害特性への配慮は重要です。しかし、発達段階に合わせた課題設定ができるほうが、より優先度が高いと考えます。

なぜなら、お子さんの発達段階にあわない課題を設定してしまうと、たとえ障害特性への配慮があったとしても、お子さんは課題に取り組まず、そればかりか問題行動を起こしてしまうからです。

上記のキャッチボールの例で言えば、肩関節をうまく使いこなせずスムーズな上投げができない子に、上からボールを投げる絵カードを提示した所で、投げられるようにはなりません。

無理にでも投げさせようとすれば、お子さんは怒って課題に取組むことを拒否するか、パニックを起こしてしまいます。

それよりも、この子はまだ上投げはできないなと見たら、まずは下投げから、それもダメならボーリングにするといった課題の引き出しを多く持っていることの方が、効果的かつストレスの少ない療育をする上では重要なのです。

逆に言えば、発達段階にあわせた課題設定さえできれば、大抵の場合お子さんは意欲的に課題に取り組んでくれるので、たとえ障害特性への理解や配慮が不十分だったとしても、その逆であるよりは、問題がおきにくいのです。

 

発達段階が見えると、その子の成長も見えてくる

発達段階に合わせた課題設定ができると、お子さんの成長についても把握できるようになります。

たとえば、ボーリングでボールを転がすだけだった子が、何度か指導して下投げのキャッチボールができるようになった。一年後には上投げのキャッチボールが出来るようになっていた。といった風に、お子さんの成長を達成できた課題レベルの向上を通して測れるようになります。

その結果、スタッフは自身の仕事の成果を実感できるともに、その成果を保護者に報告して信頼と評価を得られます。

これは障害特性とその対処法を学んだだけでは、できないことです。たとえば絵カードを用いたことでお子さんへの指示が通りやすくなったとしても、それだけではお子さんを成長させたことにはなりません。

障害特性とその対処だけを学んだ人が、今ひとつ「療育をした」という実感を持てないのは、この辺りに理由がありそうです。

 

アナログゲーム療育の優位性は「発達段階にあわせた豊富な課題を用意できること」

これまで述べてきたように、発達段階に合わせた課題設定ができることは療育の最優先事項です。

しかし、特に放課後等デイサービスは、対象年齢が小学生から高校生までと幅広いため、各発達段階に合わせた課題を一朝一夕に用意することは困難です。

実はこの点において、本サイトがご紹介しているアナログゲーム療育が一つの解決策になりえます。

下は2歳くらいから上は大人まで、様々な年齢に合わせたゲームが、1000種類以上市場に出回っており、その多くがコミュニケーション療育の課題に成り得るからです。

アナログゲームを導入することで、自分たちでゼロから課題を作らなくても、お子さんの発達段階に合わせたきめ細かい療育が可能になるのです。

多様な発達段階のお子さんに合わせた療育を行うのが難しいと感じている療育関係の方々には、ぜひ導入を検討していただきたいとおもいます。

アナログゲームでお子さんの発達段階にあわせた療育を行なった例は、前回のブログ「アナログゲームを通じた発達支援の実例」にまとめていますので、ぜひ一度ご覧ください。

アナログゲームを通じた発達支援の実例

アナログゲームでコミュニケーション力が身につく

今回は、アナログゲームを使った遊びでお子さんのコミュニケーション力がどのように伸びていくのか、実例を交えてご紹介します。

先日、健常の年長児のお子さんと、その姉(小3、小4)でアナログゲームで遊んでもらいました。

この年長児(5~6歳)のお子さんたちは、同じ幼稚園に通う仲良しグループで、いずれの子も発達のデコボコが少なく、全体のレベルも揃っているのです。

そこでこの日は、彼らの「最近接発達領域」を狙って、コミュニケーション力を高めるゲームを設定しました。

 

最近接発達領域とは?

最近接発達領域( Zone of Proximal Development 略称:ZPD)とは、旧ソビエトの教育学者レフ・ヴィゴツキーが提唱した概念で、子ども一人ではできないが年長者や大人の手助けがあれば、達成できる程度の領域を指します

gif_ZPD

お子さんのZPDにあわせた課題を設定することが、治療教育の基本セオリーになっています。

 

ダウンロード

発達心理学を学ぶなら、ジャン・ピアジェと並んで避けては通れないレフ・ヴィゴツキー。しかし主著の「思考と言語」がめっちゃ難解。

 

「わたしはだあれ」で質問スキルを身につける

今回五歳児の最近接発達領域(ZPD)に相当する課題として設定したのが、質問する力を身につける「わたしはだあれ?」です。

 

「質問する力を身に付ける」 私はだあれ?

「わたしはだあれ?」は、動物が描かれたカード、そこに対応した動物のきぐるみをきた子どもが描かれたカードがペアになっています。

一人のプレイヤーが手にした動物カードについて、他のプレイヤーは「空はとびますか?」「色は黄色ですか?」などの質問を繰り返し、その動物カードが何なのかを当てるゲームです。

自閉傾向が強く会話のやりとりが難しい子でも、役割を限定することで、ゲームに参加できる。

「しっぽはありますか?」「はい」 「人間より大きいですか?」「いいえ」などの質問を繰り返し、正解を突き止めていく。

 

興味津々の子どもたちが一瞬で静かに・・・

「わたしはだあれ?」のかわいらしい動物カードをみた子どもたちは「うわー面白そう!」「これどうやるの?」と興味津々。

ところが、私が「それでは始めます。質問したい人は手を挙げてください。どうぞ!」と言うと、それまでの様子から一転、年長児たちは水を打ったように静かになってしまいました。戸惑った様子でお互いに顔を見合わせています。

それをみていたお母さんたちも、「さっきまでの元気はどうしたのかしら・・・」と苦笑い。

しかし、このゲームを設定した私にとって、年長児たちの反応は予め予想されたものでした。なぜなら、5~6歳のお子さんにとって、「自由に質問して正答を突き止める」という行為は、彼らのとって最近接発達領域(ZPD)すなわち、「一人ではできないが他者の助けがあれば達成できる領域」にあたるからです。

 

勇気を出して手を挙げたT君

「おや、みんな静かになっちゃった。どうしたのかな?誰か手を挙げて質問してみよう」

そう私が促すと、恐る恐る6歳のTくんが手を挙げました。

「おっTくん、質問どうぞ!」と指名したところ、Tくんは手を挙げたまま「・・??・・・??」と止まってしまった。

しばらく様子をみて、質問を発することが難しいようなので、「じゃあ質問考えたらまた手を挙げてね」と伝えました。

ここで活躍したのが小3、小4のお姉さん二人です。「くちばしはありますか」「しっぽはありますか」など、的確な質問を発して正解を突き止めることができました。さすが小学生です。

 

年長者を真似る

お姉さんたちが正解した次のお題で、6歳のT君は再び手を挙げました、「くちばしはありますか」と、さきほどお姉さんがした質問を真似てきました。

答えは「はい」。それを聞いたTくん、近くにあったカラスのカードを取りに行きました。残念お手つき。正解は、ニワトリでした。

実は、くちばしのある動物は、カラス以外にニワトリとツルがいるのですが、Tくんは最初に目に入ったカラスを取りに行ってしまいました。

これと似た行動は他の年長児にもみられました。たとえば、「耳はありますか」という質問に「はい」と返って来たのを聞き、ウサギのカードを取ってお手つきになってしまう子がいました。耳のある動物は、他にイヌ、ネコ、ネズミ、リス、など多数いるのに、正解が絞り切れないうちに耳が特徴的なウサギを取りに行ってしまったのです。

年長のお子さんたちにとっては、「与えられたヒントに合う動物をえらぶ」ことはできても「複数の正解候補の中から一つに絞り込む」のは難しいことがわかります。

 

ついに正解

それでも子どもたちは学びます。

ゲーム後半、「くちばしはありますか」という質問に「はい」という答えが返ってきました。それを聞いたTくんが三度手を挙げ、「そのくちばしは、長いですか」と重ねて質問しました。

「はい」という返答を受け、Tくんはツルを取りました。正解。カラス・ニワトリ・ツルの中で、くちばしが一番ながいのがツルなのです。

三度目の正直でついに正解にたどり着いたTくんは満面の笑みでした。

 

30分に満たないゲームの中で、6歳のT君は「よくわからないけどとりあえず手を挙げる」段階から、「他者の質問を真似る」という段階を経て、最後「正解を絞る質問を発する」ところにまでたどりつきました。

5~6歳のお子さんだけで「わたしだあれ?」を遊んだとしたら、最初そうだったようにだれも質問しない状態が続いてしまい、ゲームが進まなかったでしょう。

今回は、大人である私がゲームを司会進行をつとめ、またお姉さんたちがお手本を見せたことで、年長組の子どもたちは自分が何をすれば良いのか見通しがつき、最後には正解に至る質問を発することができました。

このように「一人ではできないが他者の助けがあれば達成できる」最近接発達領域(ZPD)にあわせた課題を設定することで、お子さんの力をうまく伸ばすことができるのです。

 

まずは行動に移す

ZPD以外に、ヴィゴツキーはもうひとつ重要な発見をしています。

子どもがコミュニケーションを取ろうとするとき、コミュニケーションの準備ができてから行動に移すのではなく、不完全ながらもまずは行動してその過程でコミュニケーションを学んでいく、ということです。

今回の事例で言えば、Tくんが最初どう質問していいかわからないにも関わらず、とりあえず手を挙げたことが典型的です。

T君は、質問できるだけの能力を備えていたから手を挙げたわけではありません。まず不完全ながらも質問に繋がるアクションを起こし、その後、他者の様子もみながら何度か試行錯誤を繰り返して、最終的に適切な質問を発する能力を身につけることができました。

このことからもわかるように、子どもは他者との関わりの中で、失敗含みで試行錯誤しながらコミュニケーション力を身につけていくのです。

 

人と関わる勇気を

Tくんが手を挙げたのにもかかわらずうまく質問を発せられなかったとき、もし大人が「質問できないのになんで手を挙げたの!」などと叱りつけたり、周囲の子どもたちからからかわれたとしたら、どうなるでしょう。

Tくんはその後自発的に手をあげようとはしないはずです。それは彼から「適切な質問を発する」ことを学ぶ機会を奪ってしまったことになります。

残念ながら、私がみている発達障害のお子さんの中には、大人から叱責を受けたり、ほかの子に嘲笑される経験を重ねた結果として、失敗含みでコミュニケーションを試みるだけの勇気が挫けている子が多くいます

そうした子たちは、Tくんのように質問できなくてもとりあえず手を挙げてみるチャレンジはしませんし、それに続くはずの発達の機会を掴むこともできません。

そうした子たちのコミュニケーション力を高めたいと思うのならば、まずお子さんが「ここでは失敗してもいいんだ」という安心感をもてる場を作り出す必要があります。

その安心感が「積極的に他者と関わろうとする勇気」を生み出し、その勇気を持ってコミュニケーションの実践的に試み、学ぶことができるのです。

【書籍紹介】発達障害のあるきょうだい児の心の動き

ゲーム中の出来事

発達障害のあるお子さんの問題行動については、どうしても障害特性との関連を考えたくなってしまいますが、それよりも重要なのはお子さんの心の動きを知り、そこにあわせた対応を行うことです。

今日ご紹介するのは先日、発達障害のある小学生のお子さんたちを対象に、アナログゲームをプレイしてもらったときの出来事です。

この日はきょうだい児が二組参加していました。

プレイ開始直後、小3の男の子がおもむろに隣にいた妹の頭をポカリ! それをみていた別の小学生の男児二人の兄弟が、これまた理由もなくお互いに取っ組み合いを始めました。

こうした動きは一見すると脈絡のないように見えますが、心理的な理由があります。

「強さをアピールしたい」という心理

発達障害のある子たちの多くは、普段の学校生活で失敗を重ねて自信を失っています。

そんな彼らが初対面で顔を合わせたとき、自分の弱さを隠して強さをアピールしなければと考え、あえて暴力的に振る舞うことがよくあるのです。

その際、弟や妹がいれば、彼らをいじめるのが手っ取り早いアピールになります。

上の例で、妹の頭を叩いた子は、直接言葉には出さないけれど「おれはいじめっ子なんだぞ。ナメんなよ」と他の子にアピールしており、それをみた別の兄弟は取っ組み合うことで「俺たちも強いんだぞ!」とアピールし返しているわけです。

叱責は逆効果

こういうとき、指導者が「コラ!小さい子叩いちゃダメでしょ!」などと叱りたくなるのですが、逆効果です。

なぜなら、叱られた子は「いじめっ子な上大人からも叱られるワルいヤツ」として、他の子に対してさらなる強さアピールに成功したことになるからです。

その子がとるであろう次の行動は、叱った大人に反抗的に態度をとることでさらなる「ワル(≒強さ)」をアピールすることです。

それをみた他の子たちもまた、負けていられないとばかり様々な問題行動で自分の存在をアピールしようとします。 こうなってくると集団の秩序が維持できません。

このように、お互いの優越性アピールが問題行動を相互強化していくのが、子ども集団が崩壊する典型的なメカニズムです。

叱れない、かと言って問題行動をほうっておくこともできない。どうするか?

とはいえ、お兄ちゃんに妹が小突かれているのを黙ってみている見ているわけにもいきません。

今回は、兄と妹の間に私が自分の体を差し込み、物理的に手が出せないようにした上で、何事もなかったかのように淡々とゲームの司会を務めました。

体の動きで兄が妹に手を出すのを物理的に制しつつ、態度の上では兄の『ワルアピール』は無視しているわけです。

ライバル関係が友情へと発展

ゲームが進むと、子どもたちがリラックスして笑顔が見え、しばしば歓声があがるようになってきました。

すると、興味深い出来事が。

さっき妹の頭を叩いていた子と、それに負けじと取っ組み合いをしていた兄弟の一人が、ゲーム中、同じタイミングで成功を収めました。そのとき二人がどちらからともなく「やったぜ!」とハイタッチしたのです。

出会った当初お互いに抱いていた敵対的なライバル感情が、友情に変化した瞬間です。

どちらの感情も相手への強い関心がベースになっていますから、ちょっとしたきっかけでどちらにも転化します。今回はいっしょにゲームをプレイするという経験がポジティブな感情の転化を促しました。

無理に強さをアピールしなくてもいい

こうして、最初ピリピリしていた雰囲気だったきょうだい児たちも、最後はみんな仲良くなって「あー楽しかった」と言って帰っていただくことができました。

自分に自信がなくて周囲に対してツッパらなければならない思い込んでいる子には、本当はこうした経験を5回10回と積みかねてもらうたいのです。そうすれば無理して強味を見せなくともよいことが体験的に理解されてきます。それが情緒の安定とコミュニケーション能力の向上につながってきます。

なので、笑顔で帰っていく子どもたちをみると「良かったなあ」とおもう一方で「これきりなのはもったいないなあ」という、気持ちもあります。

「優越性の欲求」

今回とりあげたきょうだい児の間に働く心理と「強さアピール」の現象は発達障害の知識だけでは対応できず、アドラー心理学の「優越性の欲求」という概念を理解することが重要になってきます。

私達は誰もが「他人よりも向上したい」「理想の状態を追求したい」という欲求を持っています。これを「優越性の欲求」と呼び、良くも悪くも人間関係にも大きな影響を与えている、というのがアドラー心理学の考え方です。

こうした心理が、きょうだい児の関係と性格形成にどのような影響を与えるのか。そこに親はどう対応していけばよいのか。豊富な実例を元に教えてくれるのがルドルフ・ドライカース著「勇気づけて躾ける―子どもを自立させる子育ての原理と方法」という本です。

アドラー心理学の創始者であるA・アドラーの弟子であるドライカースが、1964年にアメリカで出版したこの本は、アドラー心理学の考え方を取り入れた子育て指南書として、大ベストセラーとなりました。

この本は、きょうだい児の関係のみならず、発達障害のあるお子さんの子育てについても大きなヒントを与えてくれます。1964年の出版なので、発達障害の「は」の字も出てきません。しかし、出てくる実例は発達障害のある子と接している方たちには「こういうこと、あるある!」と頷くものばかりのはずです。

文中にある、

自信を失った子どもが所属意識を得るための手段として最初に利用する誤った目標は”必要以上の注目”に対する願望です。みんなの注目を遊びているときだけ自分は重要なのだ、という誤った認識に影響され、子どもは注目を集めるための見事なテクニックを身につけていきます。 p92

という指摘は、今回ご紹介した事例にもまさに当てはまります。

このようにお子さんが誤って身につけたこうしたテクニックをどう修正し、社会的にバランスのとれた人間に導いていくか。この本は明確な解答を示しています。

ぜひ一読されることをオススメします。

複数のゲームを組み合わせて、発達障害のあるお子さんに「臨機応変」をトレーニング

前回、前々回でご紹介してきたヒットマンガディクシット

一回の療育でこの二つを連続してプレイさせるのは、発達障害のあるお子さんが苦手な「臨機応変」を学んでもらう上で有効です。

目的の変化に気付けるか

ヒットマンガとディクシットは、「与えられたカードに描かれた絵を元に言葉を作る」という手続きこそ似ていますが、ヒットマンガの目的が「わかりやすいセリフを作る」ことであるのに対し、ディクシットのそれは「わかりやすすぎずわかりにくすぎないお話を作る」であり、違っています。

この二つのゲームを連続してプレイしてもらうことでで、「手続きは同じままで目的が変化する」という状況を作りだすことで、発達障害のお子さんがしばしば苦手とする、目的の変化にあわせた柔軟な対応をトレーニングすることができます。

実際にやってみると、両者の目的の違いを事前に説明したにもかかわらず、変化に対応できないお子さんが一定割合出てくることがわかります。たとえば、ヒットマンガで「わかりやすいセリフを考える」という目的を引きずったまま、ディクシットでも同じくわかりやすいお話を言って、不利になってしまうことがあります。

ヒットマンガでは「わかりやすいセリフ」を考えるが・・・

ヒットマンガでは「わかりやすいセリフ」を考えるが・・・

ディクシットでは「わかりやすすぎずわかりにくすぎないお話」を考えなくてはならない。この変化に対応できない子もいる。

ディクシットでは「わかりやすすぎずわかりにくすぎないお話」を考えなくてはならない。この変化に対応できない子もいる。

「自分ルール」への固執を和らげる

目的の変化に対応できない理由の一つは、注意散漫で事前の指導者の説明をきちんと聞いていなかったことです。この場合、再度説明すれば「あっそうか」と気付いて、以後は修正できる場合がほとんどです。

もう一つはこだわりの症状から、一度確立した自分なりのルールに固執しているケースです。ASD(自閉症スペクトラム障害)のお子さんに多いです。注意散漫のケースと異なり、なんど指摘しても修正が効きません。

この場合の望ましい対応は、何もしないことです。その場合、お子さんはゲームの目的にそぐわない行動をしているので、当然負けます。

その結果生まれるお子さんの「負けて悔しい」「次は勝ちたい」という気持ちに寄り添う形で、指導者はお子さんに望ましい行動を促すことができます。

今回のケースでいえば、ゲームが終わった後、時間を見つけて本人にこのような声掛けをします。

「◯◯君、さっきのディクシット、負けちゃって残念だったね。君が負けた理由、先生見ててわかったんだけど、知りたい?」

こう問いかければ、お子さんは必ず聞きたがります。そうしたら、なるたけ具体的に答えます。

「さっきヒットマンガやったよね。そこでわかりやすいセリフ言ったら、そこそこうまく行ったでしょ。だから、◯◯君はディクシットでも同じようにやってみた。ところが、ディクシットは『わかりにくすぎずわかりやすすぎないセリフ』を言わないと勝てないんだよ」と、ここまで言えばお子さんは納得し、次からは目的に沿った行動を取れるようになります。

注意や叱責をしなくて済む

一般的な指導では、お子さんが目的から外れた行動をとったときは指導者が注意や叱責をして行動を正そうとするものですが、アナログゲーム療育では、お子さんが課題(ゲーム)の目的から外れた行動を取ったとき、その代償は「ゲームの敗北」という形でお子さん自身に返ってきます。

そのため、お子さんが目的にそぐわない行動をとったとしても、指導者は叱責や注意をしなくてすみます。むしろ言葉がけを通じて、失敗を取り返すのを一緒に手伝ってくれるパートナーになれます。

 

 言葉がけの内容とタイミングが重要

自分ルールへの固執は障害特性による部分が大きく、一度や二度の指導でお子さんが同じ失敗を繰り返さなくなると期待するのは現実的ではありません。

そこで、しばらく日を開けてから、別のゲーム同士を組み合わせて同じような目的の変化への対応力を問うトレーニングをします。すると、やっぱり目的の変化についていけずルールに固執してしまう場面が見られたります。

そのとき、「あれ?前にヒットマンガとディクシットやったときも同じような失敗していなかったっけ?」と柔らかく言葉がけします。そうすればお子さんは前回の失敗と修正パターンを思い出し、以前よりもスムーズに目的に沿った行動を取れるようになります。

このような試行錯誤の経験を繰り返していく過程で、最終的に「今この場で自分に求められていることはなんだろう?」ということを自ら考える力を身につけてもらうことが指導の目標となります。